学校・学生生活

 子どもの頃にFDになってしまった方にとって、学校はある意味逃れようのない場所ですから、特に給食がある場合はつらい思いをされていることでしょう。あとは、林間学校や修学旅行、合宿などが問題でしょうか。

 私は小学校以外、中学・高校ではそれほど直接的につらい思いをしませんでしたが、自分がFDであることを否応なく意識させられ、今後の先行きに不安を感るようになったのは大学生の時でした。

 

小学校

 楽しく過ごしていた小学校生活が一変したのは、5年生の時に転校してからです。最悪な給食体験をきっかけに、私は集団で食事をすることがほとんどできなくなってしまいました。

 毎日の給食は喉を通らず、残したものは、おかずも含め、すべてビニールに入れて持ち帰らされました。そんな状況で毎日、軍隊ばりの集団長距離走を朝昼させられるものですから、当時の写真を見ると、5年生の男の子としては不自然なほど、手足がガリガリに痩せています。

 学校で給食が食べられなくなった私は、当然、林間学校や修学旅行でも食事ができませんでした。年に一度の行事とはいえ、二泊三日、7食分がほとんど食べられないというのは、恥ずかしいし悲しいしおなかが減って気分が悪くなるし、思い出したくない体験です。

 卒業する時には、本当にうれしかったのを覚えています。

 

中学・高校生活

  地元の中学に進学した場合、当然お馴染みのメンバーになるわけで、最悪の小学校の記憶とともに、「給食を食べられない奴」というレッテルをも引きずっていくことになります。おまけに中学にも給食があります。この頃の中学はひどく荒れており、卒業生が校庭でバイクを乗り回してガラスを叩き割ったとか、いろいろ事件もありました。

 私は一校だけですが中学受験をし、首尾良く引っかかったため、地元を離れることができ、まさに九死に一生を得ました。この中学は、自由な校風だったうえ、何より良かったのは弁当持参だったことです。母親は大変だったと思いますが、この学校に通っていなかったら、また違った人生になっていたでしょう。

 林間学校や修学旅行では、あまり食事が喉を通らなかったと思いますが、記憶に残っておらずむしろ楽しい記憶ばかりであるところをみると、それほどひどい体験ではなかったようです。当時の友人とは、社会人となった今でも付き合いが続いています。

 

 高校は公立でしたが、昼は弁当持参だったのでそれほど困ることはありませんでした。

 部活後の空腹を満たすため、皆で一緒に学校近くの酒屋さんで(今でいうならコンビニ)パンをかじったりしましたが、それは楽しい思い出です。当時は下校時にファミレスに寄る、などという生徒はいませんでしたし(そもそもお金もない)、せいぜいマックの季節限定シェイクを皆で飲むくらい。FDが支障になるようなことはあまりありませんでした。

 でも思い返せば、やっぱり林間学校や修学旅行では食事ができませんでしたし、部活の合宿はサボりました。当時女の子と付き合っている「進んだ」生徒はそう多くありませんでしたが、もしデートするようなことになったら多分無理でしたね。FDでなければ、もう少し積極的な学校生活が送れたのかもしれません。

 

 高校といえば、思い出すと冷や汗が出そうになる記憶があります。高校2年生の時、放課後にある女の子に呼び止められました。ちょっと来てほしい、と言われ、廊下を家庭科室の前へ連れて行かれました。しばらくすると、中から別の女の子が、手に何かを持って出てきます。「これ、私が作ったの。食べてみてください」と言われ差し出されたのは、皿に乗ったチョコレートケーキ…。周りにいた彼女の友人達も、「ほら、せっかく作ったんだから、食べてあげなよ!」とせかしてきます。無理やり一口かじりましたが、女の子にじーっと見つめられ、生きた心地がしません。何とか飲み込みましたが、もちろんギブアップ。申し訳なさでいっぱいになりながらも、「おいしいけど、お腹いっぱいだから持ち帰るね」とか何とか言って、アルミ箔にくるんでもらいました。きっと彼女を傷つけたんだろうなあと思うと、情けないやら恥ずかしいやら。男なら、ガブッ!と食べて「何これ、美味いじゃん!」くらい言えたらいいのに。自分にとっての恋愛のハードルの高さを知った体験でした。

大学生活

 大学生活は楽しかったです。できることなら戻りたいくらい。

 しかし一方では、小学校でFDになったものの、中学・高校ではあまり外食の機会がないので、大学生活は自分がFDであることを自覚せざるをえなくなった最初の時期だったんですね。半歩、社会に足を踏み入れた途端、学校生活、アルバイト、恋愛、就職活動、すべてに「食事」の恐怖がつきまといはじめました。自分ひとりでは不安を消化しきれず、学校の「カウンセリング室」の門を叩いたのも、この頃です。

 

◆普段の学生生活

 学校生活は楽しかったですが、昼メシを友人と食べるのはまず、無理。特に、いかにも「給食」を想起させるような、古くて暗くて混んでいてボリューム満点の学食や(途中からカフェテリアができましたが)、大学周辺の「大盛り」がウリの小さな食堂など、絶対に入れようはずもありません。まあ、金がないとか腹が減ってないとかで、自分だけコーヒーを飲んで済ませたり、午後の授業だけ出席して昼食を避けるなどしていました。気になる女の子に、授業の後「昼でも行かない?」と誘われたのに断ったこともありました。

 

 小中学校と同じなのが情けないですが、やはり「合宿」にはハードルがありました。ゼミで夏季の合宿があるのですが、一度は出席したものの、昼食のハヤシライスからして全く手をつけられず、友人たちや教授から「どうしたの」とか「小食だね」とか言われたことがトラウマとなり、次の年はサボってしまいました。今なら、もう少しトライしようと頑張ったと思いますが。

 

◆さまざまなアルバイトにチャレンジ

 学生時代、意識してトライしたものにはアルバイトがあります。少しでも社会経験をしようと思ったのと、いろいろ経験することでFDが軽減することもあるのではないかという期待を持ったからです。家庭教師や予備校のチューターをベースに、コンビニ店員、トラック運転手、警備員、訪問アンケート調査員、モーターショーの「ランチコンパニオン」などなどいろいろやりました。中でも、食事に対する恐怖を少しでも除こうと考え、意識してハンバーガーショップやドーナツ屋など、ファーストフードでのアルバイトをしました。まあこれは、女の子との出会いを期待した点が無くはありませんでしたが…。

 

◆恋愛の悩み

 大学生と言えば、最大の関心事のひとつが恋愛でしょう。

 おそらく他のFDの方も同じでしょうが、恋愛に関しては、つくづく自分がFDであることを呪ったものです。この頃気付いたのですが、ただでさえ苦手な会食のメンバーに、同世代の女性が混じっていると、症状が出ることが多いようでした。やはり内心、女性に格好悪いところを見せたくないという意識がはたらいたのでしょうか。反対に、気を使わない異性の友人がいましたが、彼女とは比較的(といってもファミリーレストランや居酒屋などに限りましたが)食事ができました。本当に好きな女性に声をかけても、その先が続かないと考えたことや、少しでも多くの女性の友人ができれば症状が軽くなるかもしれないと考えたこともあり、周囲に誤解を与えるような行動をとってしまったこともあります。

 20代、まさに年頃の男子ですから、友人同士、いわゆる「経験」の速さを競っているようなところもありましたが、食事すらできない自分にはとてつもなく高いハードルでした。女性に慣れようと考え、好きでもない女性と付き合ったこともあります。もちろんすぐに終わりましたが。

 「恋愛」については、別にページを設けました。

 

◆サークル活動

 学生にとって大きなウエイトを占めるのがサークルなど課外活動です。私は当初、無理をしてテニスサークルの合宿などに参加してみたりしましたが、食事ができないうえに、酒が飲めない私は「一気飲み」などとても出来ず(「使えない」奴ですね)、嫌気がさしてすぐに顔を出さなくなりました。

 しかし大学3年のとき、運命的な出会いがありました。高校からの友人に誘われ、ウインドサーフィンを始めたことです。海の比較的近くに住んでいた私は、完全にのめりこみました。もともと大好きな海の上で風の中疾走することで、私は自分の精神を解放しました。仲間とサークルを作り、学校にはほとんど行かず、少なくとも週に3回は海に通いました。食事にしても、海でパンやおにぎりをかじったり、カップめんを食べたりすれば済みましたのでさほど心配はありません。友人のおんぼろワゴンに寝泊まりしながら、サーフトリップをしたこともありました。ウインドサーフィンに没頭し、多くの仲間とめぐりあったことは、少しだけ自信につながり、自分の中にあったFDの不安を少しだけ軽減してくれました。

 

◆そして就職

 しかし、就職しなければいけない時期はやってきます。ウインドサーフィンを口実に、留年してモラトリアムを引き伸ばしましたが、いつまでも遊んでいるわけにはいかず、悩んだ挙句、当初自分が望んだのとは違う仕事に就くことを決めました。仕事については、別ページに少し詳しく書きました。

 

 自分が理想的な大学生活を送ったわけではありませんし、今思えば、あれをやっておけばよかった、こうすればよかった、などという思いはいくらでもあります。それに今の学生さんは、就職を考えると私の当時と比べて格段に厳しい状況にあることと思います。

 

 でも大学生活は、社会人になるための準備期間として、大変重要な時期であるのは今も昔も同じだと思います。私は、試行錯誤しながら、自分なりに、アルバイトやらサークル活動やらを通じて、社会との接点を探ろうとしました。

 それが、うまくいったかどうか、わかりません。でも少なくとも、あの時期がなければ、今とは違う自分になっていたことと思います。

 

 皆さんは、どうでしょう。FDに悩む一人として、どういう学生生活を送りたいでしょうか。また、どういう学生生活を送られたでしょうか。

経験談をお寄せください。